愛知・名古屋2026アジア競技大会のトライアスロン男子個人で金メダルを獲得し、注目を集める北條巧選手。実は最初からトライアスロン一筋だったわけではなく、長年取り組んでいたのは競泳でした。
北條巧選手は競泳歴14年を持ち、大学進学をきっかけに本格的にトライアスロンへ転向しています。 競泳から3種目をこなす競技へ進んだきっかけや、転向後の成長について詳しく見ていきます。
北條巧が競泳からトライアスロンへ転向したきっかけは?

北條巧選手は長く競泳に取り組んでいましたが、高校時代にトライアスロンと出会い、その後の競技人生が大きく変わりました。転機となったのはトライアスロンの強化認定記録会への参加です。
競泳で培った泳力を生かせる新たな競技としてトライアスロンへの道が開け、大学進学を機に本格的に取り組むようになりました。 現在の活躍につながった最初のきっかけを振り返ります。
北條巧は競泳歴14年の元スイマー
北條巧選手はトライアスロンを始める前に、14年間にわたって競泳に取り組んでいました。 幼い頃から水泳を続け、高校時代まで競泳選手として活動しています。
競泳では全国レベルの大会も経験し、長期間にわたり泳力を磨いてきました。トライアスロンはスイム、バイク、ランの順に競技を行うため、最初のスイムで遅れないことは大きな強みになります。
北條選手にとって14年間の競泳経験は、後にトライアスリートとして成長するための大きな土台になりました。 トライアスロン転向後もスイムは北條選手を支える重要な武器となっています。
認定記録会への参加が転向のきっかけに
北條巧選手がトライアスロンの世界へ進む大きなきっかけとなったのが、高校時代に参加したトライアスロンの強化認定記録会でした。
それまで競泳を続けていた北條選手にとって、トライアスロンは本格的に取り組んできた競技ではありませんでした。しかし、周囲からの勧めなどをきっかけに認定記録会へ参加し、新しい可能性が広がります。
認定記録会では水泳とランニングの力を測り、その結果によって強化指定につながることがあります。北條選手は競泳で培ってきた能力を生かし、トライアスロン選手として本格的に競技へ進むきっかけをつかみました。
強化指定をきっかけにトライアスロンの道へ
認定記録会を経て、北條巧選手はジュニア世代の強化選手として活動する機会を得ました。競泳一筋だった北條選手にとって、スイムだけでなくバイクとランにも取り組む新しい競技生活の始まりです。
トライアスロンでは、泳力が高いだけでは勝つことはできません。スイムの後にバイク、さらにランが続くため、3種目を通した総合力が必要です。
競泳でオリンピックを目指す道から、3種目を組み合わせたトライアスロンで世界を目指す道へ進んだことが、北條選手の大きな転機となりました。
北條巧がトライアスロンを本格的に始めるまで
競泳経験を生かしてトライアスロンの世界へ足を踏み入れた北條巧選手ですが、最初からすべてが順調だったわけではありません。スイムには長年の経験があった一方、バイクは新しく身につけなければならない種目でした。
それでも強化活動への参加や日本体育大学への進学を通して経験を積み、2015年の大学入学を機に本格的なトライアスリートとして歩み始めます。
初めての強化合宿ではバイクに苦戦
北條巧選手がトライアスロンを始めた頃、特に苦労したのがバイクでした。長年続けてきた競泳とは違い、自転車で集団を走る技術やスピードへの対応など、新しく覚えることが数多くありました。
強化活動に参加した当初は、経験豊富な選手たちのバイクについていくことにも苦戦しています。競泳で高いレベルまで進んでいた北條選手でも、トライアスロンでは一から学ばなければならない部分がありました。
得意なスイムだけでなく、バイクとランを伸ばす必要があったことが、競泳からトライアスロンへの転向で直面した大きな課題でした。
日本体育大学への進学で本格的に転向
北條巧選手は埼玉県立熊谷高等学校を卒業後、2015年に日本体育大学へ進学しました。この大学進学が、競泳からトライアスロンへ本格的に競技を切り替えるタイミングとなります。
トライアスロンジャパンの公式プロフィールでも、2015年の大学入学をきっかけに本格的に競技へ取り組んだと紹介されています。
その年には日本ジュニアトライアスロン選手権で3位に入り、競技を本格的に始めた直後から結果を残しました。長年の競泳経験を土台にしながら、大学でバイクとランを磨いたことでトライアスリートとして急速に成長していきます。
周囲の後押しも北條巧の決断につながった
北條巧選手がトライアスロンへ進んだ背景には、本人の挑戦だけでなく周囲からの後押しもありました。競泳を続けてきた選手が、大学進学を前に別の競技へ転向することは大きな決断だったと考えられます。
しかし、認定記録会への参加を通してトライアスロンでの可能性が見え、大学でも競技に取り組める環境が整っていきました。
競泳で積み重ねてきた力を別の競技で生かせる可能性が、北條選手の新しい挑戦につながりました。 結果として、この選択は日本を代表するトライアスリートへ成長する大きな転機となります。
競泳経験は北條巧のトライアスロンにどう生きた?
競泳からトライアスロンへ転向した北條巧選手は、大学時代から急速に力を伸ばしました。競泳で身につけた泳力を武器にしつつ、バイクとランの能力も高めたことで、日本選手権や国際大会で優勝する選手へ成長しています。
競泳歴14年は過去の経歴というだけでなく、現在の北條選手の競技力を形作る大きな要素となっています。
競泳で培ったスイム力が北條巧の武器に
トライアスロンの最初の種目はスイムです。泳ぎ終えた時点で大きく遅れると、その後のバイクで先頭集団を追いかけなければならず、レース展開が厳しくなることがあります。
北條巧選手には14年間の競泳経験があり、トライアスロンを始める以前から高い泳力を身につけていました。
競泳で培ったスイム力を土台にできたことは、競技転向後の北條選手にとって大きなアドバンテージでした。 そこにバイクとランの力が加わることで、総合力の高い選手へ成長していきました。
転向から数年で日本選手権優勝
2015年にトライアスロンへ本格的に取り組み始めた北條巧選手は、その年の日本ジュニア選手権で3位に入りました。2017年には日本選手権で4位まで順位を上げています。
そして2018年にはアジアU23選手権で優勝。さらに同年の日本トライアスロン選手権でも初優勝を果たしました。翌2019年も日本選手権を制し、連覇を達成しています。
本格転向からわずか数年で日本一に到達したことからも、競泳で培った基礎と転向後の成長の速さが分かります。 2024年には5年ぶりに日本選手権を制し、通算3度目の優勝を果たしました。
競泳から始まった挑戦は世界の舞台へ
国内トップ選手となった北條巧選手は、やがて国際大会でも結果を残すようになります。2022年にはヨーロッパカップで優勝し、2023年には韓国で開催されたワールドトライアスロンカップで初優勝を飾りました。
競泳選手だった高校時代から考えると、現在の姿は大きな変化です。スイムだけを競う世界から、バイクとランを加えたトライアスロンへ進み、世界の選手と競うまでになりました。
競泳からトライアスロンへ進んだ選択が、北條巧選手の競技人生を大きく広げたといえるでしょう。現在も日本のトップ選手として世界の舞台に挑戦を続けています。
まとめ
- 北條巧選手は競泳歴14年の元競泳選手です。
- 高校時代まで競泳を続けていました。
- 強化認定記録会への参加がトライアスロンへ進む大きなきっかけとなりました。
- 強化活動では経験の浅かったバイクにも取り組みました。
- 2015年に日本体育大学へ進学し、本格的にトライアスロンを始めました。
- 競技を本格的に始めた2015年に日本ジュニア選手権で3位に入りました。
- 2018年に日本選手権で初優勝し、2019年には連覇を達成しました。
- 2023年にはワールドトライアスロンカップで初優勝しています。
- 競泳で培ったスイム力は、トライアスロン転向後も北條選手の大きな武器となっています。
競泳を14年間続けてきた北條巧選手にとって、トライアスロンとの出会いは競技人生を大きく変える転機となりました。大学進学を機に本格的に転向すると、数年で日本選手権を制し、その後は国際大会でも優勝する選手へ成長しています。
競泳で培った力を新しい競技へつなげたことが、現在の北條巧選手の活躍につながっています。

